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エンショウを討ちたい。

北方の覇王として充実感のなかにいる袁紹にとって、ただひとつの懸念は曹操の動向であり、曹操が南陽郡の攻略にむかったと知って憮然としていたが、イクスイのほとりで大敗したと報されて、手を拍って喜びたくなった。 
ざまをみろ。 
それが曹操へ送った書簡のすべてであった。同時にこの書簡は絶交状でもあった。 
袁紹と戦わねばならぬ。 
曹操はこれまで袁術、陶謙、呂布などと戦ってきたが、袁紹はかれらより格が上である。曹操が動員できるのはエン州と豫州の兵であるのに対して、袁紹は四州(冀・青・幽・并)の兵を動かせる。 戦って勝てる相手ではない。 その現実が曹操を苛立たせていた。
だが往時、袁紹に仕えたことがあるジュンイクは、すこしまなざしを高くして未来を視ている。その未来には過去の実例が映っている。 
「古昔の成功と失敗からわかりますように、まことに才徳があれば、いま弱くてもかならず強くなり、才徳がなければいま強くてもあっけなく弱くなります。項羽と劉邦の存亡を観れば充分でしょう」
袁紹の外貌は寛大そうであるが内心ねたみをもち、人に事をまかせておきながら信用しない。鈍重で決断力に欠け、好機を見逃す欠点がある。士卒はおおいものの統率はゆるく、法令はあってもなきがごとしでかれらをすべて用いるのはむずかしい。門閥によりかかり、従容として知者のふりをして名声を集めている。それゆえ能力が乏しいくせに問答好きの者が多く帰属している。 
「才も徳も勝っている者が天子を輔け、正義の征伐を行えば従わない者がいましょうか。袁紹が強くてもなにができましょうか」 
この確信に満ちた人物比較と予見が曹操の憂鬱を払った。 

「先に呂布を討たなければ河北を攻略することはむずかしいとおもわれます」 

三国志5 宮城谷昌光p.139.