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当麻曼陀羅図

西辺の敦煌の石窟にすら多数の浄土壁画が残っており、イギリスのスタインは20余の浄土図を持ち帰ったし、フランスのぺリオも大谷探検隊も唐代浄土図をもたらしている。善導時代は浄土教美術が壁画に、掛け軸に、織物に競いつくられた。時はちょうど日唐交通の盛期であったから、法隆寺にも浄土壁画があり、聖徳太子のために「天寿国繍帳」が造られ、天平期には当麻寺に『観経』によった大浄土図が造られた。しかもその当麻曼荼羅図の図相は善導の『観経疏』の説に一致する。
参考文献 
仏教の思想8 角川ソフィア 塚本善隆p.190.