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報身報土と大菩提心

大乗の者は誓願=菩提心を発さねばならぬ。道綽は『浄土論』によって、こう決心する。 
「今『菩提心を発す』とは即ち是れ仏にならんと願う心(願作仏心)であり、願作仏心とは即ちこれ衆生を度する心(度衆生心)であり、度衆生心とは即ち衆生を摂取して有仏の国土に生まれしめる心である。今既にわれは回心して浄土に生まれんと願うために、まず発す菩提心である」 

当時の学者は無相の思想にとらわれ、「浄土に往生すると説かれているのは、無相の真仏教へ誘導するための手段にすぎず、極楽も阿弥陀仏も凡愚のために示された低次元の仏・土である」と論じていた。しかし道綽はこれにきびしく反対、「阿弥陀仏はこれ化身、また是れ化土なりという。これ大失なり」と一喝して、「現に在ます弥陀はこれ報仏、極楽宝荘厳国はこれ報土なり」と宣言した。そして、「無相は体得できない。ただ浄土の一門のみあって通入すべき路である」と、「有相の生」を強く勧めるのである。 

報仏:方便法身。アーキタイプの仏(あらゆる仏の元型)。 
方便:状況に応じて自由にはたらく真の智慧。 

参考文献 
仏教の思想8 角川ソフィア文庫 塚本善隆p.156,169,173.